一方・・・『大聖杯』では・・・もはや魔力は悉く巨獣に飲み込まれていた。

その量は既に九割に届く量。

残すはクレーターの底にこびり付く魔力の残滓のみ。

だがそれでも遠坂凛、桜、イリヤスフィールこの三名の総魔力数を足して更に百倍という壮絶な量。

「ふむ・・・これでは時間が掛かるな・・・増やすか」

そう言うと、手を掲げる。

それを合図として影の巨獣は三体に数を増やす。

そして巨獣達は次々と魔力を飲み込み体内に納め輸送を着々と進める。

そんな中『影』は眉を潜める。

洞窟のあちこちに配備された腕の一部が消え去っている。

「何が起こった?英霊にしては数が合わん・・・」

影を放ち様子を見たいが意識を集中させてしまう為、何時サーヴァントが現れるかわからない今の現状では危険だ。

「今は腕に任せるしかないか・・・」

だが、不意に彼に殺気が襲い掛かる。

「・・・又か・・・」

その言葉と同時に今度は剣が弾丸と化して『影』目掛けて絨毯爆撃を執行する。

流石にこれを受け止めきれないと察したのかその身を躍らせ、全てをかわす。

「今度は・・・なんだ?」

そう言って態勢を立て直し周囲を見渡すとそこには言峰綺礼と英雄王ギルガメッシュがいた。

黒の書五『宿縁・裏』

「ほう今のをかわすか、下郎ほんの少しは楽しめそうだな」

愉快そうに笑うのはギルガメッシュ。

「ギルガメッシュ、油断するな。マスターが愚劣だったとは言え奴はおそらくアサシンを葬ったのだ」

「ふん、我をあのような雑魚と同じくするな」

心底不愉快そうに吐き捨てると再び『王の財宝』から宝具・・・いや、彼にとっては武器を展開する。

「ほう・・・」

その光景を見て『影』の表情も少しは強張る。

即座に影の腕を展開し攻撃に備える。

「ふん、その様な軟弱な腕で我の財から逃れられると思ったか?愚者め!」

指を一つ鳴らす。

その瞬間剣が弾丸の如く降り注ぐ。

それに呼応し影の腕も迎撃に向かう。

しかし、剣は次々と腕を貫き切り裂き『影』に降り注ぐ。

だが、その剣の絨毯爆撃を身を躍らせる事でかろうじてかわし、しまいには傍目にはみっともなく地面を転がる事でようやくかわす。

少なくともギルガメッシュにはそう見えた。

「ははは!どうした下郎!かわすのが精一杯か?」

勝ち誇り、影の腕を掃討していくギルガメッシュ。

余りに一方的な展開に見えた。

しかし、それは違っていた。

小康状態に入ると『影』はおもむろに立ち上がりマントについた土埃をはたき、

「ふう・・・なるほど・・・ではこうしよう。影状固定(シャドー・ロック)」

その詠唱と同時に再びあの腕が現れる。

「ふん!無駄な努力だ!!」

ギルガメッシュの嘲笑と共に再び打ち出される剣の弾丸。

それを今度の触手は真正面から受け止めるのでなく、横から掴み取っていた。

簡単な話しだ。

正面から受け取るよりも側面から掴む方が衝撃を最小限にする事が出来る。

『影』はそれを実践したに過ぎない。

だが、それは高速で撃ち出されたもの、それを造作も無く行う技量は並大抵ではない。

「なっ!」

あせるギルガメシュを他所に、『影』は淡々と

「返す」

その一言で剣を投げ返した。

それをギルガメッシュの財宝は次々と迎撃し打ち落としていく。

「ほう、少しはやるようだな。これでなくては面白みが無い」

そう余裕十分に言い放つギルガメッシュだったが次の『影』の言葉に激情した。

「少しは楽しめるかと思ったが・・・これなら先程の英霊の方がまだましだな」

こちらは心底つまらなそうに呟く。

口調と言い、表情(と言っても口元だけだが)と言い、もはや興味が失せたと言わんばかりである。

「!!!」

その言葉に表情を憤怒に染めたギルガメッシュは先程の十倍以上の宝具を展開、仁王立ちする。

「下郎!!貴様今の言葉は万死に値する!!」

だが、それを見ても『影』の表情に変化は無い。

それどころか

「・・・ふう・・・」

失望のため息を吐き出しあろう事かギルガメッシュに背を向けた。

お前など眼中にも無いとその態度で言っている。

更に怒り狂うギルガメッシュ。

「下郎・・・王である我に対する不遜な態度・・・貴様の命で購え!!!」

一斉に射出される剣群。

だが、それは一本たりとも『影』の身体を傷つける事は無かった。

数にして五百はあろうかと言う宝具の原典、それは全て影の腕が掴み取っていた。

「やれやれ・・・まだわからんか。貴様のそれはただ武器を投げ付けているだけ。これほど高い力を誇る武器をなんともったいない。投げ付けるだけなら『光師』にも出来る」

呆れながら『影』はギルガメッシュに侮蔑の視線を投げかける。

そして何の感慨も無くただ一言。

「返すぞ。そして今度はもう少し己を鍛えろ」

その言葉と同時に同じ事を繰り返す。

だが、その瞬間、全ての剣が吹き飛ぶ。

「??」

ギルガメッシュの手に握られている剣により全て吹き飛んでいた。

「・・・・・・下郎・・・・・・褒めてやろう・・・我にこの剣を使わせた事を・・・」

その剣・・・乖離剣エアより莫大な魔力が放出される。

その威力はまさしく強大、妨げるものなど存在しない。

「そして悔いよ!!!貴様の暴言雑言を!!」

その言葉と同時にギルガメッシュの手からバーサーカーを拘束したあの鎖が現れる。

鎖は瞬く間に『影』を拘束する。

だが、神性の無い『影』に使った所で『天の鎖』はその真価を発揮出来る筈も無い。

ただ頑丈なだけの鎖でしかない。

だが、ギルガメッシュにはそれで十分。

その僅かな時間で全てが決まるのだから。

「さあ!おののけ!!下郎!」

剣を振りかぶる。

それを見た言峰が初めて表情を歪める。

「ま、待て!!ギルガメッシュ!!ここでそれを使うな!!」

何しろ天と地を分けた伝説が残るほどの剣だ。

そんな物をこの様な所で使えば『大聖杯』は完膚なきまでに消滅する。

それでは何の意味も無くなる。

令呪で停止させようとするが一足遅かった。

「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!」

振り下ろされる、暴君の一撃。

それを迎撃する影の腕。

しかしそれを、紙の壁より容易く消し飛ばし『大聖杯』諸共『影』を薙ぎ払おうとする。

しかし、それ程の圧倒的破壊力を見せ付けられながらも

「ほう・・・やれば出来るではないか」

恐れは無く、むしろ安堵したかのように笑う。

「だが、遅すぎたな・・・影状変更(シャドー・チェンジ)・・・孤高なる侍(佐々木小次郎)、完全なる暗殺者(ハサン・サッバーハ)」

それで全て終わった。

「がはっ!!!」

その悲鳴はギルガメッシュの口から響き渡った。

そう、王である自分を愚弄した下郎を彼が自らの手で手打ちにする筈ではなかったのか?

だが、現実としては・・・エアを持つ腕は切り落とされ、彼の心臓は握り潰されていた。

目の前の見覚えのある影・・・偽アサシン佐々木小次郎と、アサシン『ハサン・サッバーハ』の影によって・・・

「私は確かに貴様の言うとおり下郎だろう」

静かに言葉を放つ。

「だが・・・たとえ下郎であろうと譲れぬものがある。闇に堕ちたとしてもこの身が朽ちたとしても守りたい者もある。例え王侯であったとしても守るものも譲れぬものも無い貴様・・・お前と私の勝敗を分けたのはその一点であったかも知れぬな」

その言葉と同時に影の腕はギルガメッシュを貫き、そのまま巨獣に食わせた。

それと同時に『影』を拘束していた鎖も主から離れても暴威を振るっていた乖離剣も消え失せた。

「さて・・・??」

作業も終わり周囲を見渡せば先程までいた人間がいない。

「逃げた?・・・いや違う・・・」

そう言って横を向く。

いつの間にかそこには言峰綺礼がいた。

「逃げぬのか?」

「ふっ、もとより私の命は残り僅か。逃げても墓所が変わるだけの事」

そう・・・もとより彼は十一年前衛宮切嗣の手によって死に絶えた身。

それが『大聖杯』・・・『アンリ・マユ』の手でかろうじて生き永らえたが、ここまで大聖杯の機能も魔力も失われては彼の命ももって数分。

ならばここであの腕に殺されるのも逃げて途中で死ぬのも一緒。

恐怖などある筈がない。

だが、その言葉を聴いて『影』は初めて体勢を傍観のそれではなく戦闘の為のそれに整える。

言峰の言葉の意味する所は単にまもなく死ぬ事だけではない。

目の前の男は既に死兵と化している。

生半可な攻撃では止められる事も無い。

「その気概たるや良し。だが・・・私にも引く訳にはいかない事情があるのでな」

影の腕が展開される。

「せめてもの情、一息に命の灯火消してやろう」

その言葉と同時に襲い掛かる影の腕。

数にして四つ、眉間、心臓、腹部、咽喉元、どれも人間の急所に迫り来る。

それを言峰は二本を黒鍵で弾き残り二本は逆に掴み取り

「!!」

声無き裂帛の気合でかき消す。

「・・・なんと・・・」

流石にこれには『影』も驚いた様に呆然と呟く。

彼が行った事はそれ程難しくない。

先刻間桐臓硯の肉体を霧散させた洗礼詠唱、あれの応用技。

詠唱の過程を完全にスキップして強制的に発動させて臓硯の肉体を霧散させたように影の腕に詰まった魔力を魂と見立てて座に送り返し元の影に返しただけ。

だが、無論肉体には多大な負担が掛かる。

詠唱の強制スキップもそうだが、魂の偽装と言うルール違反がより強大な負担として圧し掛かる。

普段ならやる筈の無い荒業。

しかし、死期を悟った人間にとってそんな事は些細な事でしかない。

その力と命が続く限り行うだけだった。

「ちい!!」

初めて声を荒げて今度は一斉に襲撃を開始させる。

それをかわし、避けて、時には自らの身を盾に致命傷を避け、更に何本かは消し去り、ただ一直線に『影』に向かう。

「私の唯一つの娯楽、破壊した報い命で購うが良い。安心しろ・・・私は神の使徒だ。主の下に送られるよう祈ってやろう」

「あいにくだが、私にとって主とは他でもない・・・陛下のみだ」

強引に突破し黒鍵を突き立てようとする言峰に『影』は静かに言い返す。

そして、影の腕と黒鍵が交差する。

影の腕は言峰の腹部を貫き、黒鍵は『影』の心臓を貫いた・・・かに見えた。

「・・・ふっこれでは勝てんな」

自嘲気味に言峰は笑う。

その視線の先には先程まで己のサーヴァントであった男の影が立ちはだかり、黒鍵をその身で受け止めていた。

そして己はその影より打ち出された数発の宝具をも受け満身創痍だった。

「ご苦労」

ただ一言そう言う『影』。

「まったく・・・貴様は何者なのか・・・」

「・・・死徒二十七祖第二位『六王権』最高側近『影』・・・貴様の歪みながらも強固な魂に免じて教えよう」

「そうか・・・貴様が伝説に名高い『死皇帝の半身たる影の王』か・・・」

・・・伝説に曰く“死徒の帝王『六王権』に付き従うは六人の側近。しかし、『六王権』に付き従うはそれらのみにあらず。彼の影には常に己の半身たる『影の王』が潜む”そう言われた伝説の王が今目の前にいる・・・ 

死は目前だと言うのに言峰の表情、感情、口調に変化は無い。

生来のものとその強固な信仰心故だろう。

「喜べ、お前の魂はわが陛下の血となり肉となる」

その瞬間、影の腕は言峰を更に貫き、そのまま巨獣に食わせた。









時を戻し更に視点をも変えよう。

触手に貫かれ、後数秒で絶命する中、言峰綺礼は何故か己が過去を思い浮かべる。

第三者的に言えばそれは走馬灯という奴なのだろう。

彼は父が巡礼中にその生を受け、己が人生を始めた。

幼少より早熟ともいえるほどその才能を発揮し、父はそれを喜び彼もそれに応えた。

だが、彼には一つ、そう唯一つだけ凡人よりも劣るものがあった。

彼には他者が幸福と感じるものに幸福だと、美しいと思うものを美しいと感じる事が出来なかった。

彼は幸福よりも不幸、善意よりも悪意、美よりも醜、人の行う善行よりも人が犯す悪行にその関心を寄せていた。

意識して悪党であろうとしたわけではない。

彼は生まれながらにして悪人にしかなれなかった。

そう・・・彼には生まれた時から悪への道しか与えられなかった。

それでも彼は普通の人間がもつ幸福を幸福と感じられるよう努力した。

やがて彼は父と同じく聖職者となった。

その才覚は若くして『代行者』として認められ、この『聖杯戦争』の監督役にも任じられた。

しかし、なんと言う皮肉か、彼は聖職者であり主への信仰心もまさしく鉄壁。

だと言うのに、彼の持つただ一つの欠落を埋める事はどうしても出来なかった。

だが、彼は絶望しなかった。

絶望しようにも何に絶望するのかそれすらわからなかった。

それでも彼は最後に・・・最後の望みとして彼は一人の女性・・・死病持ちの余命数年と言う女性・・・を愛した・・・いや、正確に言えば愛そうとした。

陳腐な話しだ。

どんな外道でも平穏な家庭、幸せな結婚、健やかに育つわが子に幸福を見出さない筈がない。

その僅かな望みに彼は全てを賭けたのだ。

実際、彼女は彼を愛していたし、この生活は二年続き二人の間には子供も生まれた。

だが、それは彼にとっては苦しみでしかなかった。

妻が子が幸せであればあるほど彼は苦しみ、彼女達が苦しめば苦しむほど彼はそこに喜びを見出した。

やがて彼女は自ら命を絶つ。

そしてそれは綺礼にとって最後の止めとなった。

あれほど自分を愛してくれた女性、その献身的に注がれた愛情。

それをもっても彼に欠けていたものを埋めてくれなかった。

そして悟った。

“自分はこういう生き物なのだ。どう足掻いても他人の不幸にしか己の幸福を見出せないのだ”

そして彼は今まで信じ抜いてきたものと袂を別った。

だが・・・まさに最期を迎えようとしている綺礼に一つの・・・そうまさしくそれは奇跡と呼べる事が起きた。

それは神の慈悲なのか?それとも魔の気まぐれに過ぎないのか?それとも・・・この奇跡自体がまやかしなのかは不明だが、それでも彼はこう思った。

(ふっ・・・私も陳腐な・・・このような時に思い出すか・・・そういえば・・・何と言ったか・・・ああそうだ・・・カレンだったか・・・)

それはこの時まで思い出す事すら無かった筈の妻が最期に見せた安らかな笑顔そして我が子・・・娘の名前だった。









「・・・ふう・・・」

その様をただ静かに見やった『影』は疲れた様に溜息をつく。

「人間も侮れん・・・これほど魂強き者がまだいるとは・・・これ以上は欲のかき過ぎだな」

そう呟くと、この洞窟各地に散らばる腕をこの『大聖杯』一歩手前に存在する中空洞に一部を除いて集結させる。

「英霊の魂がこれ以上侵入してきてはこちらの身がもたん。守りを固めておこう」

だが・・・この時彼は気付いていなかった。

いや、正確には歯牙にもとめていなかったに過ぎない。

先程のギルガメッシュの乖離剣の一撃が『大聖杯』には直撃しなかったがこの洞窟の岩盤に致命的なダメージを与えていた事を・・・









防衛ラインを確立させてから視線を巨獣に戻す。

もはやあと一息で全てを呑み込み尽くす。

そうすればもうここに用は無い。

この地を離脱し『闇千年城』で『六王権』の復活を待てば良い。

「もう少し・・・後少しで・・・ぬ?」

その表情が歪む。

突然巨獣の魔力回収速度が急速に落ち始めた。

いや、一欠けらも口にしていない。

「これは・・・ちっ・・・どうやら先が滞ってえているようだな」

忌々しげに『影』が舌打ちする。

先・・・すなわち主『六王権』の魔力吸収速度が思っていたほど上がっていない。

ようやく四割に届こうと言った所か。

残り五パーセントを巨獣が呑み込む為には『六王権』が五割強を吸収しなければ追い付かない。

「くそっ・・・陛下の衰弱がここまで酷かったとは・・・この分ではもう暫く掛かるな・・・仕方あるまい。もう暫しここで待機するか・・・だが・・・ここで撤退する選択もあるが・・・まだ残っているからな・・・頂いてから去るか」

「その様な事どうでも良いだろう」

突然声が響く。

振り向くとそこには真紅の外套の男=アーチャーがいた・・・

今まで姿を見せなかったアーチャーは残りのメンバーと違い別ルートで『大聖杯』に至った。

すなわち山頂柳洞寺から霊体化し直接ゴール地点に飛び込んだ。

無論結界に包まれた地でそんな事をすれば負担は大きくなるがそれでも彼は強行突破してそしてここに至った。

何に突き動かされたのかは彼にもわからない。

「また来たか・・・」

「どうやら既に魔力の大半は食われた様だな・・・だが、動かぬ所を見ると動けぬようだな」

「・・・」

無言で影の腕を展開する。

「ふっどうやら図星か・・・ならばその獣を潰せば貴様の目論見は潰えると言う事か」

「やれるものなら・・・やってみろ」

同時に再び戦闘が始まった。

「行け」

影の腕が複数飛来する。

だがそれをアーチャーはいつの間にか構えた剣を放ち

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

それを爆破させることで粉砕する。

「ほう・・・多少は」

『影』が何か言う前にアーチャーが接近して攻撃を開始する。

手に握られた夫婦剣を鋭く振り下ろす。

だがそれは

「影状変更(シャドー・チェンジ)」

影の腕から変貌を遂げた大型の盾で防がれ、側面から触手が襲い掛かる。

それをギリギリでかわし、逆に切り裂く。

「ほう・・・かなり戦い慣れている様だな」

「戦いには不自由しなかったからな」

自嘲する様に呟くアーチャー。

「これはそう簡単に退けられないか・・・」

更に触手を展開する。

「・・・貴様何か勘違いしてないか?」

「何?」

「私の目的は後ろの獣を屠る事だ。貴様と戦うことではないぞ」

その台詞と同時にアーチャーは手に持った夫婦剣を宙に放つ。

それは意思を持ったかのように『影』を左右から襲い掛かる。

「ちっ!!」

それを影の腕が迎え撃つ。

それを

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

小規模の爆発が襲い掛かる。

その爆煙に紛れる様な僅かな間隙を縫う様にアーチャーは跳躍する。

その手にはかの騎士王の剣。

「貰った!!約束された・・・(エクス・・・)」

真名を唱える。

それと同時に剣から噴き出される光の帯。

この至近距離であれば間違い無くあの獣を消滅できる。

「勝利の・・・(カリ・・・)!!!」

だが、発動される僅か一瞬、剣が急速に重くなった。

見れば触手が次々と纏わり付き振り下ろされるのを阻止している。

無論エクスカリバーに消滅して行く触手。

どんなに時間稼ぎもごく僅か一秒足らずしかない。

だがそれでも十分に時間稼ぎになる。

影の巨獣ががら空きになったアーチャーのどてっぱらを前足で突く。

「!!がほっ」

更に力が緩んだ隙に腕の群れがアーチャーを岩盤目掛けて投げ付ける。

「くっ!!」

体勢を立て直し衝撃を最小限に食い止めて着地する。

「今のは流石に危険だったな」

汗をぬぐう『影』。

「だが、もう油断はせん」

その言葉通り影の腕を展開し防御の体制を取る。

『影』にしてみれば、もう無理にサーヴァントを倒す必要性など無い。

巨獣達が残りの魔力を呑み込んでしまえば全てに決着がつくのだがら。

そしてアーチャーにも躍起になって阻止する理由等無い。

何故か本当にわからない。

だが、あれの思い通りに運ばせてはならないと本能が告げていた。

「それにしても貴様も十分に面白い。久しぶりに高揚した。だが・・・残念だがゆっくり楽しめそうにも無い」

その言葉を合図に腕がアーチャーに襲い掛かる。

だが、その瞬間、突如入り口方向から突風が吹き荒んだ。

「!!!」

「くっ!!」

『影』もアーチャーも吹き飛ばされない様にその場に踏み止まるのが精一杯なほどの暴風があたりを蹂躙し一分程で収まった。

「な、なんだ・・・今のは・・・」

半ば呆然とするアーチャー、だがそれ以上に愕然としていたのは『影』。

中空洞に防衛として配備していた腕達が一本残らず消え去ったのを自覚した為だ。

(馬鹿な・・・あれを一撃で抹消したとでも言うのか?何者が?どうやって?)

それでも『影』は、中空洞に魔力を送り込み腕を復活させる。

そして・・・双方が唖然として入り口を眺めているとそこに・・・一人の少年が姿を現した。

愚直な印象を何処と無く与える赤毛の少年。

それ以外は取るに足らないただの人間の少年の筈。

だが、その少年に『影』の視線は完全に釘付けとなった。

「・・・」

全身から主君『六王権』に出会ってからそれ以来感じた事の無い歓喜の感情が吹き上がる。

「・・・ふ・・・ふふふ」

笑いが止まらない。

ただ一目見た瞬間彼は悟った。

この少年・・・いや、この男とは自分の全てをかけてでも戦うに相応しい価値と意味がある。

「ふふふふふふふ・・・ふはははははははは!!!

その歓喜が笑いとなる。

笑いが止まらない。

止める気も無い。

「はははははは・・・あーっはははははははははは!!!

見れば男も笑っている。

互いに察したのだ。

自分と奴は戦いあう事は既に決定された事なのだと。

事実二人の予感は完全に的中した・・・

『真なる死神』の盟友『剣の王』=衛宮士郎・・・そして『六王権』最高側近『影の王』=『影』・・・これが『蒼黒戦争』終戦まで互いの道、信じるもの、そして存在まで、全てを賭けて争い合う二人の王の最初の出会いだった。

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